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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)92号 判決 1979年2月27日

原告 吉井善太郎

被告 立川公共職業安定所長

訴訟代理人 押切瞳 宮門繁之 ほか四名

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し、昭和五一年一二月二五日付でなした失業給付の支給停止及び基本手当の返還命令を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1原告は昭和五一年一月六日から同年九月八日まで雇用保険における失業給付の基本手当の支給を受けていた者であるが、同年二月二四日から同年九月八日までの基本手当として金八九万一〇〇〇円の支給を受けたところ、被告は原告に対し、同年一二月二五日付で雇用保険法(以下「法」という。)第三四条第一項及び第三五条第一項の規定により同年三月一三百から失業給付の支給を停止し、また既に支給した前記基本手当八九万一〇〇〇円の返還を命ずる各処分(以下「本件各処分」という。)をした。

2 しかしながら、本件各処分は事実を誤認し、かつ、失業者が積極的に求職活動を展開することを制約、抑圧するもので、法の趣旨を逸脱した違法なものであるから、原告はその取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

1  原告は、筈見繁治郎及び小暮剛正と共同して、調査業務、コンサルテイング業務、ゼミナールの開催及びあつ旋並びに各種事業の代行窓口業務等を業務内容とする東京テクノセンター(以下「センター」という。)を昭和五一年二月一日に設立し、センターは同月二四日、二五日の両日にセンターの業務内容を記載した「ごあいさつ」と題する案内状を発送してセンターとしての営業活動に着手した。そして、同年六月二四日、二五日の両日、日本工業炉協会協賛のもとに工業炉技術講習会を主催し、受講料金一七三万円を収受した。原告は、センターの設立にあたり、センター維持の経費として金二一万円を拠出し、設立後はセンター事務所に一週間に三日ないし四日出頭してセンターの経理につき元帳等の記帳事務を担当し、講習会においては受講料の受領などの受付事務に従事した。同年七月一九日、センターは解散されたが、講習会の収益その他はセンター設立時の拠出金の返済に充当されたほか、原告、筈見及び小暮に対し各金一五万円ずつ配分された。

2  原告は、センターが営業を開始した昭和五一年二月二四日からセンターが解散された同年七月一九日までセンターの事業に携つていたものであり、その間は法第四条第三項にいう失業には該当せず、したがつて、基本手当の受給資格がなかつたにもかかわらず、同年三月二三日から同年九月九日までの期間中の各失業認定日に失業の認定を受けるに際し、右事実を届け出ず基本手当の支給を受けた。

3  原告は、昭和五一年一月六日の受給決定の際に被告から「雇用保険の失業給付受給資格者のしおり」の交付を受け、同月一九日に被告が行つた雇用保険説明会に出席して説明を受け、さらに失業認定申告書の裏面の記載により事業に携つたような事実について申告義務があることを了知していた。

4  そこで、被告は、原告が法第三四条第一項及び第三五条第一項に該当したので本件各処分を行つたものである。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張1のうち、原告が金二一万円を拠出したこと、案内状を発送したこと、被告主張の講習会が開催されたこと及びセンターが解散されたことは認めるが、その余は争う。

同2のうち、失業の認定を受けるに際し被告主張のような事実を届け出ず基本手当の支給を受けたことは認めるが、その余は争う。

同3のうち、しおりの交付を受けたこと及び説明会に出席したことは認めるが、その余は争う。

同4の事実は認める。

五  原告の反論

1  センターは、仕事を求めている者三名が相寄り随時情報交換を行うための場として外部との連絡なども考え便宜上東京テクノセンターと仮称したもので、センターは事業体ではなく、職の招致を目的とするなどそれぞれの思惑により寄り合つた任意のグループに過ぎぬものであり、各人の間に雇傭関係は一切なく、各人は思い思いに自分の用件を足し連絡場所ないしサロンとして利用していたものである。したがつて、各人の交通費、食費、交際費などはすべて自弁で、家賃、敷金、権利金、電話料、諸雑費などは各人が持ち寄つた約六〇万円でまかない、什器、備品等最低限必要なものは各人がそれぞれ家から余分のものを持ち込んだり古道具屋で買い求めた。

2  原告らは、昭和五一年二月、センターの名において案内状を友人、知己に配布したが、これは各人の職業的能力をアピールする方法としてなされたもので、その文面における業務内容も単なるアピールで実体としては何もなく、同書面において各人の名前に付した肩書も実質的な裏付け及び権能を伴うものではなかつた。

3  講習会は、以前から日本工業炉協会と深い関係にあつた筈見、小暮両氏がセンターの名で開催したもので、原告は右両氏の手伝いをしたにすぎず、業務についたとか、就職したというようなものではない。

4  前記1で述べたとおり、センターは任意の求職者のグループに過ぎないから、これに参加したからといつて事業主に雇用された場合、自営業を営んだ場合及び会社の役員、嘱託になつた場合に該当しないことは明らかであるし、また、就職先を探したことにもならない。

したがつて、センターに参加していることを職業安定所に届け出る義務はない。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告に法第三四条第一項、第三五条第一項各該当の行為があつたかどうかについて検討する。

1  被告の主張1の事実のうち、センターの設立にあたり原告が金二一万円を拠出したこと、案内状を発送したこと、被告主張の講習会が開催されたこと及びその後センターが解散されたことは、当事者間に争いがなく、<証拠省略>を合わせると、次の事実を認めることができる。すなわち、昭和五一年二月一日仕事を求めていた原告、筈見、小暮の三名が寄り集まつてセンターを設立し、筈見名義で賃借した事務所をセンターの事務所として使用していたのであるが、センター設立にあたり原告が金二一万円位を出資したほか(右出資の事実は当事者間に争いがない。)、筈見は同人の息子二人分を合わせて金九〇万円を、小暮は金一〇万六〇〇〇円位をそれぞれ出資した。センター設立の目的は三人三様に有する能力を発揮する仕事を求めること或いは調査業務、コンサルテイング業務等を行うために必要な情報を交換することにあつたが、センター設立にあたり調査業務、コンサルテイング業務、刊行業務等の業務内容を記載したセンター名義の案内状を印刷し同年二月二四日、二五日の両日に配布した(案内状を配付したこと自体については当事者間に争いがない。)。右案内状において筈見には理事長の、原告、小暮にはそれぞれ常務理事の肩書を付していたが、原告は一週間に三日ないし四日程度センター事務所に出勤して元帳の記載等の事務を担当していた。事務所の賃料、水道料、光熱費等はセンター名義で支払われており、事務所の敷金はセンターへの前記出資金から支払われた。同年六月二四日、二五日の両日、センターは日本工業炉協会の協賛で前記当事者間に争いのない講習会を主催したが、講習会についての損益はセンターに帰属することとされた。その後仕事が予期したようには得られなかつたため、センターは話合いの上、同年七月一九日に解散されるに至つた(センターが解散されたこと自体については当事者間に争いがない。)。以上のとおりの事実が認められる。

また、<証拠省略>を合わせると、センターは講習会の受講料とし三七〇万円を超える金額を収納し、講習会で得た収益その他はセンター解散時に拠出金の返済に充当されたほか、原告、筈見及び小暮に各金一五万円ずつ配当したことが認められ、右認定に反する<証拠省略>中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用できない。

2  以上認定の事実に前記当事者間に争いのない事実を合わせると、センターは原告、筈見及び小暮の三人の出資及び共同経営に係る調査業務、コンサルテイング業務、刊行業務等の営利活動を目的とした事業で、遅くとも昭和五一年二月二四日にはその営業活動に着手したと認めるのが相当である。したがつて、原告は遅くとも昭和五一年二月二四日には自営業を開始することによつて職業に就いたものといわざるを得ない。

三  次に、前記二認定のとおり、原告は遅くとも昭和五一年二月二四日には自営業を開始していたのであるから、それ以後の失業認定日には右事実を申告すべき義務があるところ、原告が右事実を申告せずに基本手当の支給を受けていたことは当事者間に争いがないので、原告の右行為が法第三四条第一項及び第三五条第一項に該当するか否かについて検討する。

1  原告が被告主張のとおりしおりの交付を受けたこと及び説明会に出席したことについては当事者間に争いがない。

2  <証拠省略>を合わせると、次の事実が認められる。すなわち、被告としては、説明会においては前記しおりとかパンフレツトなどをもとにして雇用保険についての理解を深めるように指導しているが、とりわけ不正受給については重ねて説明し注意を喚起していた。失業申告書の裏面には申告は正しくすべき旨及び就職又は就労した場合には申告すべき義務がある旨の記載があり、また、前記しおりには就職・内職等のことがらについて失業認定日に申告する義務がある旨及び内職に該当するかどうか、その他疑問のあるときは自分で判断しないで必ず係員に相談して確めてから申告するよう注意する旨の記載があり、さらに不正受給については一項を設け詳細な注意が与えられている。原告は、センターのことについて被告所部係官に相談しておらず、被告所部係官は、原告のセンターへの就職が問題となつた後において、原告から講習会等の業務活動については現実に収入がなく業務が継続している状態でなかつたので届出をしていなかつた旨聴取している。なお、原告はかつて失業保険の給付を受けた経験を有する。以上の事実が認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は採用できない。

3  前記争いのない事実に右認定の事実を合わせると、原告はセンターを設立し自営業を開始したことを申告する義務があることを知つていたと認めるのが相当であり、<証拠省略>中右認定に反する部分は採用できない。

そして、原告が自己に申告義務があることを知つていた以上、センターを設立し自営業を開始したことを申告せずに基本手当の支給を受けていた原告の行為は法第三四条第一項及び第三五条第一項に該当するといわざるを得ない。

四  したがつて、法第三四条第一項及び第三五条第一項の規定によりなされた本件各処分には、原告主張の事実誤認の違法はない。

五  また、原告は本件各処分は法の趣旨を逸脱した違法なものであると主張するが、センターの性格が前記二認定のとおりである以上、本件各処分に原告主張の違法がないことは明らかである。

六  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三 菅原晴郎 北沢晶)

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